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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9197号 判決 1980年1月29日

原告

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野花子

右訴訟代理人

高畑忠之

被告

東京都台東区

右代表者区長

内山栄一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1記載の事実(当事者等の地位等)は当事者間に争いがない。

二本件事故の経緯

原告が、昭和五一年二月一〇日本件クラブにおいて他の参加児童といわゆる「プロレスごつこ」をして遊んでいる最中に受傷し、左陳旧性上腕骨骨折、左肘関節拘縮の傷害を負つことは当事者間に争いなく、<証拠>によれば、受傷直後の診断は、左上腕骨果上骨折、左橈骨神経麻痺であつたことが明らかである。

また、<証拠>によれば、本件クラブにおいて、前同日午後二時四〇分ころ参加した児童のうち男子が「相撲ごつこ」を始め、その後しばらく(一五分程度)して「プロセレスごつこ」をするに至つこと、右「プロレセごつこ」は、男子児童四人が二人ずつ組になつて行うものであり、指導員山本はその際「レフエリー」をしていたこと、ところが、右「プロレスごつこ」の途中で山本に電話がかかり、そのため、山本は「レフエリー」を中止して児童等の傍を離れ、同じ部屋内にある電話口(電話口と「プロレスごつこ」をしていたマツトとの距離は約三メートル)に赴いたこと、その直後、訴外川上が原告に対して組みかかり、原告を下にして二人重なるように転倒し、原告が前記の受傷を負つことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三被告の責任について

1  国家賠償法の適用について

被告は、本件クラブの運営は、国家賠償法第一条第一項にいわゆる「公権力の行使」に当らないから、本件には同法の適用がない旨主張するが、右にいう「公権力の行使」とは、必ずしも優越的な意思が発動される権力的な行政作用のみを指称するものではなく、私経済上の活動は別として、広くすべての非権力的な公行政作用を包含するものと解するのが相当である。従つて、本件クラブの運営のような住民の便益を計るための公行政行為であつても、なお同法の適用範囲内にあるものというべきである。

2  注意義務とその程度

本件クラブのような低学年学童の保育事業において直接に児童の監視指導を行う指導員は、児童たちの身体等に危害の生ずることのないようその安全を配慮すべき義務を有することは当然であるが、右注意義務の内容・程度は、当該行為の具体的な状況下での諸事情を勘案し、当該行為の基礎である保育事業の性質・目的等を考え合わせた上で、その状況下において注意義務を期待することが合理的であると認められる範囲内においてこれを決すべきものである。

ところで、前記のとおり本件クラブが被告の学童保育事業の一環として、放課後に保護者の監護を十分に受けられない児童、とりわけいわゆる「鍵つ子」に対し夕刻まで指導員の監護の下に勉強並びに遊戯の場所及び機会を与えることを目的とするものであり、また、本件事故が本件クラブに参加した児童たちの遊戯中に発生したものであることはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、かような場合に指導員が尽すべき注意義務の程度について考えるに、本来「遊戯」は児童たちの自由な発想、行動にまかせるのが相当であり、従つて指導員は児童たちの遊戯に際しては、危険な器具を用いる遊戯、暴力をふるうような遊戯を禁止する等の監視・指導をなすべきことはもちろんであるが、当該遊戯が児童の性別・年齢・人数等及び当該場所の形状等からみて相当であると認められる以上、ことさらに指導員がこれを禁じ、またはなんらかの危険の発生を防止するため常に個々の児童の一挙手一投足に至るまで意を払うべき義務を負うものではないと解すべきである。

3  注意義務違反の過失の有無

そこで進んで、本件のいわゆる「プロレスごつこ」が本件クラブの参加児童たちにとつて相当な遊戯であつたか否かについて判断する。

この点について、原告は、本件「プロレスごつこ」は極めて危険な遊戯である旨主張するところ、<証拠>によれば、確かに名称は「プロレス」ごつこというものの、実際の態様は児童同士が組み合つて争い、相手の肩を床に押えつけて、「一、二、三」と数えることによつて勝敗を決するというものにすぎないことが認められ、また、原告は本件事故は訴外川上の「ニードロツプ」という危険な技によつて惹起されたものであるといい、<証拠>によれば、他の児童が訴外川上が「ニードロツプ」であつたと言つたことが認められるが、児童の呼称はともかく、実際の態様はプロレスラーの行う自己の膝に体重をかけてこれを相手の肢体に打ち当てるという危険な技の真似をしたものではなく前認定のとおり訴外川上が原告に組みかかり、その勢いで二人が転倒したというにすぎず、「ニードロツプ」と称すべきものではなかつたことが明らかである。

結局検討されるべき点は、小学校低学年の男子児童が、互いに組み合つて争い、その結果転倒することもあるような遊戯を行うことを許容することが相当といえるか否かに要約されるところ、本件での児童らが低学年の児童であるとはいつても、一応の自制を期待できる年齢に達していることを考え合わせれば、右のような遊戯を行うことを許容することは相当として肯認しうるものということができる。

従つて、指導員野本は、本件遊戯を児童たちが行うことを禁じ、その挙動の細部にまで厳重な監視をなすべき注意義務を負つていたものではない。

そうであれば、本件「プロレスごつこ」と称する遊戯を許容し、児童たちに行わせたことをもつて指導員山本に注意義務違反があつたとは言えず、その際特に監視を強めなかつたことも、また遊戯させたままで児童たちの傍を離れ同じ部屋内にある電話の応対に出たことにも注意義務違反の過失は存しない。(弁論の全趣旨によれば、指導員山本が電話中、その目を盗んで、訴外川上が原告に対し突然組みかかつていつたとの事情が窺われるが、かような訴外川上の突発的な行動自体右山本の注意義務の範囲を超えるものとも言い得よう。)<後略>

(山田二郎 久保内卓亜 内田龍)

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